【無料翻訳力診断】

最新の日記はこの記事の下に順次更新されます。

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あなたは“翻訳”に興味がありますか?

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Matthew Cuthbert is surprised - 86

I asked her all about it. And she said there were trees all around it. I was gladder than ever. I just love trees.

【私訳】

スペンサー夫人からいろいろ聞きました。お家は木立の中にあるそうですね。それを聞いていっそううれしくなりました。私、木が大好きなんです。

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Chapter 9 - 9

- Mais oui, je t'aime, lui dit la fleur. Tu n'en as rien su, par ma faute. Cela n'a aucune importance.

【私訳】

「ええ、そう、わたくしはあなたが好きです」と、花は言った。「あなたは気づきもいなかった、それはわたくしのせいです。そんなことは、どうでもいいことですけど。

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あと一歩だけ前へ進もう(byスガシカオ in Progress)

「翻訳で食べていく」ことの難しさの続き

翻訳で食べていかれるようになるにはどうしたらいいか……どこぞの翻訳家養成講座に入りなおして、いちから勉強しなおそうかと思ったこともありました。

でも、それは今までの自分を全否定することになりそうな気もして、踏み切れませんでした。

そうこうしているうちに、私のホームページを見たという個人の方や翻訳会社からポツポツと翻訳の仕事をいただけるようになったり、バベルから「無料翻訳力検定の添削をやりませんか」というお誘いをいただいたりしました。

20年前に私が受けて翻訳家への夢をスタートさせた無料翻訳力検定のインストラクターを、今、私がやっている――これも何かもご縁でしょう。

私はバベルから始めた――だから、これからもバベルと一緒に歩んでいってもいいのではないか、と思うようになりました。今は、他の翻訳学校とか講座とかを受けなくてよかったと思っています。いろいろ手を広げたところで、結局どれも中途半端になっただけでしょうから。

そんな折、バベルから、「ブログをやっているなら、アフィリエイトをやりませんか」と声をかけたいただきました。つまり、無料翻訳力検定の問題を私のブログに載せ、その解答を寄せてくだった方の中からバベルの講座を受講する方が出てきたら、私にペイがあるというアフィリエイトです。

これが、私にとってどんな益があるかはわかりません。ただ、私に翻訳家になるという夢を踏み出させてくれたバベルへの恩返しの意味と、私のように翻訳家になりたいという夢を持つ方々の一助となれるのではないかという期待をこめて、明日、7月1日から、このアフィリエイトを実行するつもりです。

どんな夢でも、一足飛びにかなえられるわけではありません。私の「翻訳で食べていかれるようになる」という夢も、今すぐにかなうはずがなく、常に、そのための「あと一歩だけ」の前進を続けていこうと思っています。

4日間、長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。これからも、どうぞよろしくお願いいたします。

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「翻訳で食べていく」ことの難しさ

そして私は「翻訳家」を目指したの続き。

今思えば、よく大学出たばかりで経験もないやつに履歴書1枚で仕事をくれたと思うけれど、複数の翻訳会社から在宅翻訳の仕事をもらうことができていました。

同時に自分の実力アップのため、英検や仏検の準1級をとる勉強や、天声人語の英訳を書き写すというようなことをやりつつ、私なりに翻訳の仕事をしていたのでした。

そうこうしているうちに、「翻訳検定」なるものが世間に登場し(これもバベルがらみなのですが)、もちろん私も受けました。英語だけですが、自然科学・人文科学・社会科学の3部門に分かれていて、1級から3級まで設定されていたため、まずは「全部門の3級制覇」を目指し、合格することができました。

当時は「資格」というものがクローズアップされた時代だったのか、全部門制覇を達成したあと、特に女性向けのお稽古事を紹介するような雑誌の取材を何誌か受けました。また、バベルから「翻訳検定対策講座」のインストラクターのお仕事をいただいたのも、この頃です。今振り返ると、このころは自分に自信が持てていた時期だったような気がします。

ところが、その後、徐々に翻訳の仕事が来なくなりました。登録させていただいた翻訳会社から依頼が来なくなり、新たな会社に履歴書を送っても登録だけで仕事は来ず、の状態に陥ってしまいました。

そうこうしているうちに、障害者仲間(私は車椅子利用者です)がNPO法人を立ち上げることとなり、時給を払うから事務を手伝ってくれと言われたのでした。さすがに毎日は無理ということで週3日だけということになりましたが、それでも朝から夕方までの仕事を入れてしまえば、翻訳の仕事に当てる時間は減る……一方でほとんど来なくなった仕事を待っていてもお金にはならず、確実に時給をもらえるお仕事は魅力的でした。このNPO法人の事務の手伝いは今でも続いています。

その間、とある文芸翻訳家の先生の下々訳の仕事をやらせていただいたりもしたのですが、出版翻訳のペースの速さや求められる質の高さについていけず、5年ほどで破門していただきました。

結局、私は今、「翻訳で食べていかれる」状態にはありません。最初にどこかの企業に就職し、翻訳をやる部署に配置してもらって翻訳の実務を経験してから在宅に移行すれば、翻訳の実力もついただろうし、仕事をもらうためのコネもできてよかったのかもしれない……と思ったこともあります。しかし、本当に優れた翻訳者なら、在宅から始めても仕事をもらうことができるはずで、つまるところ、私には翻訳で食べていかれるほどの実力がないのだと思います。実際、絵本を含む出版翻訳のコンテスト等に応募しても、箸にも棒にもかからない状態ですし……。

(続きはまた明日)

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そして私は「翻訳家」を目指した

私が翻訳家になりたいと思った理由の続き

だからと言って外大に入っただけで翻訳家になれると思うほどおめでたくはない私は、翻訳家へのステップの一つとして、バベルの「翻訳家養成講座」を受けたのでした。

当時は「翻訳の世界」という名前の雑誌をバベルが発行していて、高校時代くらいからちょこちょこ買って読んでいました。その雑誌に、「あなたの翻訳力を無料で診断します」という広告があり、1~2行程度の英文が載っていて、とじこみのハガキにその訳文を書いて送ると、赤ペンで添削され、評価が書かれて返送されるという仕組みでした。

もちろん私もその無料診断に応募し、そこそこの成績だったため、「基礎科は免除、本科から入れる」ことになり、フランス語本科という講座を受けることができました。

バベルの講座を受けたのは、後にも先にもこれ1回きりです。とりあえず修了はしたものの、そこそこの成績だったため、そこからいきなり翻訳の仕事がもらえる……というほど甘いものではありませんでした。

一方で外語大の修士まで修了させていただくことができた後、私は「翻訳で食べていく」ことを目指して、教職課程を取ったり企業に就職したりすることなく、在宅で、新聞に載っている「翻訳者募集」の求人に応募しまくるという生活を始めたのでした……。

(続きはまた明日)

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私が翻訳家になりたいと思った理由

来週、というか、偶然にも7月1日が日曜日なので来月から、新しいことを始めてみようと思ってまして、その前に今までの自分を振り返ってみようかと……

そもそも私が「翻訳」というものを知ったのがいつかと言えば、たぶん小学校高学年から中学にかけてだと思います。

当時はアニメの「世界名作劇場」全盛のころでして、「アルプスの少女ハイジ」から「トム・ソーヤーの冒険」、「あらいぐまラスカル」、「母をたずねて三千里」などなど、毎週毎週、毎年毎年、テレビにかじりついて見ていました。

同時に、「世界名作全集」を買ってもらい、そうしたアニメの原作を文字でも貪り読んでいたのでした。今でも実家には、かなり立派な装丁の大型の「世界名作全集」が、それなりに立派な本棚に並んでいたりします。

そうこうしているうちに気づくわけです、これは日本の物語ではない、ということは、誰かが日本語に訳しているのだ、と。

そうして翻訳というものに興味を持つと、「『フランダースの犬』は明治時代に最初に翻訳されたときは、ネロは清(キヨシ)、パトラッシュは斑(ブチ)と訳された」などというエピソードも知るようになり、翻訳の面白さ、奥深さに興味を持つようになりました。

中学に入って英語を勉強するようになると、ますます英語=翻訳への興味が深まり、夏休みの自由研究に「フランダースの犬」を全文訳して提出する、ということもやっていました(もちろん子供向けに書かれた英語を訳しただけですが)。

そうこうしているうちに、「ペリーヌ物語」では、ペリーヌがフランスのおじいさんに近づくきっかけが「英語を話せる」ことであり、「小公女セーラ」ではイギリスの寄宿舎に住むセーラが追い出されなかった理由が「フランス語を教えられる」ことであったことなどから、英語とフランス語の両方ができればたいていのことはできるのではないか、などと思ってしまい、東京外国語大学のフランス語科へ進むことになるのでした……。

(続きはまた明日)

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